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◆宮城県北部地震災害救援活動

■活動背景
2003年7月26日午前7時13分ごろ、宮城県の南郷、矢本、鳴瀬の各町で震度6強の地震があった。同じ地域では同日午前零時すぎにも最大震度6弱の地震があったばかり。
 気象庁によると、26日朝の地震の震源地は宮城県北部で、震源の深さは約10キロ。地震の規模はマグニチュード(M)6.2と推定される。この地震により、同県の石巻市や、南郷町、鳴瀬町などで複数の建物、家屋 の被害やブロック塀の倒壊などがあり、JR東日本によると、宮城県内の東北新幹線や在来線が運転を見合わせる状況となった。
 この災害に対して、本協会では7月29日(火)から8月2日(土)まで宮城県矢本町において計8名で災害救援活動を行った。
 出発までに得た主な情報は、現地はまだ余震が続いていること。役場に災害対策本部が設置され、南郷町、矢本町においては、ボランティアセンターが立ち上がる予定であり、自衛隊が500人規模で迅速な対応をしていることなどである。
■被害状況
・人的被害負傷者569名(重傷者13名 軽傷者556名)
・火災発生件数31件
・住宅被害全壊 73棟
半壊 342棟
一部損壊 5,387棟
・避難状況2,651名
■地域の繋がり
 7月30日作業初日を終えたこの日の夕方、夕食の手伝いをしていた時、私達と話していた町民の方が「あなたたちがもっと早く来てくれればよかったのに・・・」と、言葉をこぼした。隊員達が現地入りをした7月29日は、災害発生から3日後。この時はまだ多くの地域で断水が起こっており、余震も断続的に続いていた。住民の中には一人暮らしの高齢者も多く、「余震が怖くて家にも帰れないし、夜も寝むれない」「これからどうすればいいのかわからない」など、地震発生の状況や恐怖感を、ボランティアセンターに避難していたおばあさんは話していた。しかし、そんな中にも発生後と比べて、状況はかなり落ち着いているとも話していた。本当に人手がほしい時に来てほしかったという率直なこの言葉は、逆に言えば、災害発生直後は地域の住民同士、又は他県に住んでいる家族・親戚たちで作業をしたのだと思う。一人暮らしの高齢者宅においても、役場の職員や近隣の住民が皆で様子を伺い、避難の手助けをしたり、家の片付けをしていたという。この行動は、何も特別なことではなく日常ごく当たり前に見られる光景なのだ。そこには、ボランティアという言葉は存在しないこと、必要としていないことを痛感したと同時に、2次隊の派遣の中止、1次隊の撤収を決定した。
 今回の災害救援活動をとおし、災害発生の初動段階で、如何に早く現地へ入れるかということを考えるきっかけになった。それは、ただ早く現地入りをするということではなく、01ネットなどを利用して、どれだけ現地からの正確な情報を掴めるか、そして、その迅速さが大事なのではないのか。したがって、災害が起きていない日常で、どれだけ災害救援を意識した準備ができるかにかかっていると思う。

宮城県北部地震災害救援活動 参加者
江藤隼人 事務局員
千葉景介 国士舘大学4年
田村文彦 法政大学3年
元谷幸子 国士舘大学2年
佐藤杏子 フェリス女学院大学4年
伊藤岳史 早稲田大学4年
保立優子 国士舘大学3年
原田康輔 国士舘大学2年

ご協力いただいた団体
この復旧援護活動は、競輪・オートレースの売上金による
(財)車両競技公益資金記念財団の助成金及び、
テント・ノートパソコン等の活動に必要な機材の貸与を受けて派遣いたしました。


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